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The Sound of Music 全曲解説 3


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 人は自分の顔と名前さえ隠せば何でもする生き物だ。
相手の顔と名前が解らなければなおさら。
悪態をつく自分の表情も、それに便乗する他人の表情も、見えない方が精神衛生上良い。

倫理的には残念極まりないが、そう思わされる場面をなんども見聞きしてきた。



 しかしネット上の様々な情報のやり取りや他愛も無いコミュニケーションは、その真逆の驚きを与えてくれる事も多い。
“お互いに顔も名前も解らない同士が、どうしてこうもお互いを配慮しあって接しているのだろうか?”と。

倫理的にはそれが至極真っ当な筈だが、カオスの中で己を見失わない人々に驚きと賞賛を贈る自分がいる。
それは私自身がカオスの中で己を見失わない自信が無いからだろう。



 私が賞賛してやまない彼等自信はどうだろうか?
きっと大それたモットーを掲げる様な事は無く、ただ「人と接する事は鏡を見るように自分と向き合う事だ」と、知っているのだろう。
そしてまるで仮想空間の様なネット社会の中でも、線の先にいるのは自分と同じ人間だという事を見失っていないのだろう。

彼等の特徴は他にもある。
「言葉だけのやり取りはコミュニケーションツールとして不完全だ」という事を知っている。
故に記号や絵文字や限定ワードを多用しながらそれぞれの伝えるべき事をなんとか補い合っている。

彼等は既に「自分さえ良ければそれでいい」という発想を脱している。
無記名で顔も解らなくても、自分の顔と名前を見失わずに律する事が出来るのだ。
“自分に甘く”がモットーの私には信じ難い程に崇高だ。なんて立派なヤツらなんだろうか。

そうは言っても、これから益々ネットでのやり取りは盛んになり、心を傷つけてしまう人も必ず出てくるだろう。
そうなった時に、私が崇高だと思う彼等の様なユーザーが沢山いて、全てが悪では無いことをちゃんと記録しておきたい。

言葉で物事を把握し、理解したように感じる時、そこに必ず誤解が生じている。
故に感覚を伝える為に音楽の力が必要だ。



 歌う時も、そこに顔と名前のある人間が集っている事を、ライブの度に実感する。






 ちなみに‥‥‥

明日の気仙沼に来る方は履き慣れた靴とカッパを忘れないように!
今年も凄いメンツに混じれて光栄です。
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by fozztone | 2009-07-18 21:02 | MUSIC
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