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空白の10年

 先日、映画館でエヴァンゲリオンを見た。

良かった。
何が良かったかって、来場していたお客さん達が良かった。



 たしかあのアニメが地上波でやってたのは俺が中学2年の時で、今から15年近く前の事だ。

当時の日本経済はバブル崩壊直後で完全に腐ってた。
食卓のおかずの数が激減する事で子供達はリアルに不景気を悟ったものだ。

挙げ句、地下鉄サリン事件やらノストラダムスの大予言(懐かしいな)やら、多感な少年時代には暗すぎる要素が満載だった。
子供が「大人になったら野球選手になりたい」なんて言っても親達は「堅実な公務員になりなさい」とうるさく言ったっけ。

夢を自分で諦めたのではなく、諦めさせられた子供達が大人になって仕事に情熱を持てず、ニート化していく現実まで時代のせいにしたくなる……のは違うか。

ちなみに、2009年現在では小学生がなりたい大人ベスト10の1位はイチロー、2位はオードリーのカぁ~スガだというから、本当に素敵な時代になったなぁ。

TVも今更「不景気」を連呼するが、人間は不幸のどん底で「自分は不幸だ!」とはなかなか言わないし言えないものだ。
つまり、あの頃と比べれば今の日本経済のメンタルはかなり回復している。と思う。

欧米ではバブル崩壊から回復までの日本の暗黒時代を「空白の10年」などと呼んでいるそうだ。
それを知ったのもオバマ大統領の演説か何かだ。意外な形で自国の不幸を再認識した。

まあ、とにかくそんな真っ暗な時代に、真っ暗いアニメが放送され、ひたすら後ろ向きに自問自答するクソ暗い内容とキャラクターに、世間が自身の葛藤を重ね合わせていたのだろうか。
社会現象というか、世代現象の様にも思う。



 が、15年経って俺達も大人になった。

映画館に来ていたお客さんはみんな健全な大人になっていて、オタクっぽい子は少ない。

‥‥‥実はちょっと期待していた。
凄く脂性っぽい男子とガリガリで節目がちな女子がいっぱいいたら、それはそれでオタク文化のコアな部分が見れて楽しそうだったが‥‥まぁ俺もオタクなんだろうけど‥‥

思ってたよりみんな普通の人達だった。
カップルが多かったし、なんか全体的に健全な客層だった。

いや、もしかしたら15年前は彼らもヲタや予備軍だったのかもしれないが、15年の間にみんな立派な大人になったんだろう。

仕事帰り風のリーマンもいた。
俺とタメくらいだろうか?

あの「空白の10年」に青春を蝕まれた俺達は立派な大人になんか成れない様な気がしていたが、意外にも彼等はそれなりに大人の責任や自覚を背負った表情をしていた。
まぁ、結局エヴァンゲリオン見てるんだけどさ。

しかし今更オタクを否定しても虚しいだけだし、オタクを指して「熱中できるものがあるって良いと思う」なんてクソみたいなセリフを吐く気も無い。

オタクとギャルという正反対の濃いい文化が花開いた世代は、ゆっくりと、しかし着実に大人になっている。
気がつけばギャルもいない。
オタクもちゃんと社会の中で仕事をしている。

きっと彼等は傷付いた分、優しい大人になるのだろう。

なんか良い感じじゃないか。
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by fozztone | 2009-07-03 02:06 | カチカチ
マンスリーレギュラーです



 Inter FMの『UP's BEAT』という番組で、FoZZtoneが7月のマンスリーレギュラーとして出演する事になりました。
毎週水曜日、18:00~18:55の出演です。
(7/1、8、15、22、29)

んで初回放送の7/1に向けて、皆様から番組宛にメールを募集します。

頂いたメールは主に「バンド野郎Fチーム」というコーナーでご紹介します。
このコーナーはバンドキッズのお悩み相談的なコーナーです。
幼なじみでもないし学校が一緒だったわけでもなく、友人の紹介やネットで知り合って結成して6年間も仲睦まじく活動しているFoZZtoneだからこそお答え出来る事もいろいろあるっぽいし。
「メンバーが見つかりません」とか「メンバーにゲイだと打ち明けようか迷っています」とか「メンバーの顔が指名手配犯にそっくりです、通報した方がいいですか?」とか、何でもいいです。

あるいはバンドと関係ないメールでも構いません。
「今何時ですか?」とか「今晩何食べたらいいですか?」とか「ボラって気持ち悪いですよね」とか、取り留めもない色々を無責任に送って下さい。
※メールはコチラ(ups@interfm.jp)

では、まずは7/1、ラジオの前でお会いしましょう。



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ちなみにこれがボラ。
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by fozztone | 2009-06-29 21:01 | カチカチ
むすんでひらいて



 ついに感染爆発しましたね、インフルエンザ。
結局、検閲は開きっぱなしのマッシュルーム、無理を言ったらかわいそうだ。

先日は大阪、6月には神戸、気をつけないといけませんな、FoZZtoneも。



 キャンペーン中はマインド的なものを全開に開いて挑みます。心的なものを解放しています。
そうでないとなかなか上手くコミュニケーション取れないもんだね、人間は。
しかし開きっぱなしってのは寒中水泳みたいなもんで、予想以上に体力を消耗するもんで。

たまには閉じとかないと。



 閉じっぱなしでも埃が溜まるんで、時折窓開けて掃除して。

メンタルを一つの状態のまま棚の上にポンと置いとくのはどだい無理な話で。
開いたり閉じたり、上げたり下げたり、掃除したり汚したり、その繰り返し的な、ね。

それを人に説明するのはとても難しいので、みんな血迷ったりなんだり。



「引きこもり」も結局は、開きっぱなしのアホ達と絶対数は変わらなくて、ただ世の中のバランスを取ってるだけなんだろう。
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by fozztone | 2009-05-19 14:26 | カチカチ
すごくフワ~っとした人類起源説



 げぶは。


ネギ食って薬飲んで寝たら大量に汗かいて目が覚めた。

ゲロゲロ、気持ち悪。



風呂入って汗流して着替えてTVつける。

フランスかどっかでやってるパティシエの世界大会のドキュメンタリー番組がやってた。

スイーツに魅せられた男達が世界中から集まってきて、味覚と美的センスを研ぎ澄ませながら各国代表パティシエと火花を散らす、とても面白い番組だった。

番組の中でスイーツ大好きな女子レポーターが「スイーツなんかなくても人間は生きていけるんだけど‥‥‥なんか魅力を感じてしまう」と発言していたのがとても印象的だった。



 俺も最近までインタビューで幾度となく「ぶっちゃけ音楽がなくても人間は生きていけるけど」と発言して来たので、彼女の言いたいニュアンスはよく解ったつもりだ。

自分がアホみたいに熱中している何かを、抗体の無い人に押しつけるのはとても怖い事だから。



‥‥しかし‥‥逆に「生きていくのに必要なもの」ってなんだ?

「衣食住」の事だろうか?
それは人間として生きる為に必要なものだろうか?

「衣」というものを「オシャレ」とかではなく「肉体を外気から守る為のもの」と考えれば、ほぼ全ての生き物に衣食住は必要だ。
犬にも毛皮が、アリにも家が、ハエトリ草にも食が必要だ。

つまり「衣食住は人間が生きていくのに必要なもの」ってゆうか「生き物全般に必要なもの」なのだ。



 人間が人間として生きていく為には、衣食住の他に、何かが必要なのだ。
それが人によってはスイーツだったり恋人だったり家族だったり、仕事だったり、アニメ、漫画、映画、ファッション、スポーツ、グルメ‥‥‥‥‥
でまぁ、俺には音楽が必要、というワケだ。

ここで、衣食住の次に必要なものは「お金」と答えてしまうのはナンセンスだ。
お金は欲しいものを手に入れる為の手段の一つでしかない。
ただ生き物として生きていく為だけの生活や、ただお金を稼ぐだけの人生はきっとしんどい。
価値観の違う人間から見たら、どうでもいいような何かを愛してこそ人間なんだ。



だから、話をムリヤリ元に戻すけど、
あの番組に出ていたパティシエ達が「人間として生きる理由」はスイーツなのだ。
この世からスイーツが無くなったら、彼等は死んじゃうのだ。
俺もあのインタビュアーの女の子も、自分が愛しているものに対して「これがなくても人間は生きていけるけど」なんて、控え目な発言をする必要は無かったのだ。
素直に「コレが無いと俺死ム。」と言えば良かったのだ。



 いやいや、決して“衣食住以外に大事なものが無いヤツは人間じゃない”と言ってるワケじゃ無い。
特に意識していなくても「自分にとって大切なモノ」は必ずある。
それは言葉では言い表しづらい事だったり、ましてや“夢”なんて言いたくないものだったりもするのだ。

世間が若者達にやたらと“夢を持て”と言うのも、実はちょっとお門違いだと思う。
「少しだけ好きなものがいくつかある」というだけでも、十分じゃないか。



 俺が考える「人間が生きる理由」は極論だけじゃなくて、極めてあやふやなものでもいい。

俺も「衣食住と音楽だけあれば生きていけるんだ?」と聞かれたら、
「すいません、漫画雑誌も無いとキツいです‥‥‥あと煙草と唐揚げと綺麗な洋式トイレと‥‥‥」ってなるわな。

俺達が人間でいられるのは、一見どうでもいいようなサブカルチャーやムダのお陰様なのだ。



風邪で頭がイッちゃってるのでゴチャゴチャした文章になったけど‥‥‥要は「他人にはどうでもいいだろうけど、自分はなんかコレが好き」と思うものを、
心の中でもう少しだけ誇ってみようか、

という話。


でした。
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by fozztone | 2009-05-14 04:28 | カチカチ
ロック復権



 どんも。

最近もいろいろと忙しくさせてもらってます。
一つ一つの仕事がFoZZtoneの大事な一歩だと思うと楽しくなっちゃうね。
毎日楽しい事ばっかりだよ、ホント。うきゃきゃきゃきゃー


さて、昨年からコラムを色々やらせてもらってまして、音楽の歴史について調べものをしたり、読者の方々の声を聴くことで、なんとなく見えてきた事がある。

それは、日本人は「ロック」という言葉にかなり不信感を抱いているという事だ。

そもそもロックってジャンルは一体どの様な音楽を指すのか?
いろんな人がロックについて語っているけれと、どれが真実なのか?
ファッションの現場で使われるロック、ラッパーやアイドルが発言するロック、世間一般の考えているロック、どうしてこんなにも「ロック」という言葉は曖昧なのか?

いろいろ調べてみるとその歴史は実に面白い。

どうやら日本人は初めからフォークソング、ロカビリー、ドゥーワップなど、ロックと同時期に鳴っていたアメリカの音楽を全てごちゃ混ぜにしてして取り入れていたらしい。

というのも、1950年代の日本人ミュージシャンはロックを作曲する事は殆どなく、全てアメリカロックに無理矢理日本語の歌詞を乗せて歌っていた。

しかも同時に様々なジャンルのポップス、ムード歌謡、果てはソーラン節みたいなモノまで1つのライブで演奏されていた。

初めから日本人は「ロック」というジャンル自体に固執する気は全く無かったのだ。

だから日本人がロックを作曲するようになってからも、それはどこか演歌的であったり、フォークソングの様でもあったり、今尚続く“ロックって何?”という疑問に繋がる「曖昧なロック」が鳴り続けたようだ。



 まぁ別に今の日本人のロックが曖昧だとはそれほど思わない。
むしろかなりハッキリと「うぉーカッコいいロックバンドだなぁ!」と言いたくなるバンドは増えている。

日本の中で改めて「ロックの定義」が見直され始めたタイミングが、どこかであったのだ。

それはただひたすらに自分達の信じるロックを貫き通して来た諸先輩方の積み重ねた和音の結晶だろう。

対バンの方々を見ていても、改めて今ロックに強いこだわりと制限を作ってプレイされている様に見受けられる。
これは“時代がロックを復権しようとしているのではないか”と思えて仕方ない。

28の若僧がこんな事を言うのもおこがましいが、今一番、日本のロックが面白くなってきている気がする。
俺達はラッキーな時代に生まれたのだ。
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by fozztone | 2009-04-24 23:22 | カチカチ
せめて早く寝ます



 最近やっと大人になれたな~、と思える事は、“百聞は一見にしかず”ってのをまともに受け止められる様になった事だ。

不思議な事に、いろんなものに触れ、めちゃくちゃ遊びまくれる子供の時ほど「机上の空論」に偏りがちだった。
人から聞いた話や昔からある格言みたいなものほど疑ってかかる、嫌ぁ~な子供だった。

何かこう、自分だけの理屈みたいなものを必死で探していた‥‥‥机の前で(笑)



 体を動かし、人に会い、目的を持って日々生活していると、嫌でも“やっぱり昔の人の格言ってのはその通りだな”と思わされる。
そしてちょっとムカつく。

しかし、偉い人や大人の言う事を素直に聞いてきたら、この実感値は得られなかったかも知れない。



そう言えば「考えるより行動しろ」とかよく言われたっけな
そう言えば「自分が心を開かないと相手も心を開かないぞ」とかよく言われたっけな
そう言えば「しんどい事から逃げてると決して上手くいかないぞ」とかよく言われたっけな‥‥‥‥うぅ、今思い出しても腹が立つ‥‥‥
そう言えば「早く寝ないから寝坊するんだ」とも言われたなぁ‥‥‥‥

うぅん。

どれもこれも、まったくもってその通りだ。

が、子供の時じゃなく今気付いて良かった気もする。
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by fozztone | 2009-04-23 03:45 | カチカチ
歌う猿と言葉のお仕事


 ここ最近の感じた「歌」と「言葉」に関するワリと真面目な話。



 まずは歌の希望の話を。

最近の私のお気に入りは千葉大学の岡ノ谷助教授という方。
岡ノ谷氏は“人類の言葉の起源”について非常に素敵な説を唱えている。
それは、「言葉は歌から生まれた」という学説だ。

氏はジュウシマツの歌声の中に一定パターンの文法がある事を発見された。
またルーツとして人類に近いとされるテナガザルの鳴き声にも同様の結果が見られたとかなんとか、他にもいろんな研究をして...(割愛して申し訳ない)
「ひょっとしたら人類の祖先も鳥や猿の様に“文法のある鳴き声”でコミュニケーションを取っていたのではないか?」という説を導き出した。

この“文法のある鳴き声”とは、一定パターンのリズム、音程の変化を繰り返すもののことで、すなわち「歌」である。

 これはミュージシャンにとっては涙が出るほど素敵な学説だ。
氏の学説が正しければ、メロディーに言葉を乗せて歌うという事は、人類が「新人」と呼ばれる前の「猿人」とか「原人」とか「旧人」の頃から続けてきた営みなのだ。

飛躍すると、音楽は衣食住と同じくらい大切なものという事になる。

歌に言葉をのせる行為に崇高なものを感じ、作詞作曲の意味合いが少し変わった様な気がした。

岡ノ谷氏、ガンバ。





 次に言葉の恐怖の話を。

まぁ言葉の恐怖と言っても常に使う人間次第なのだが...

私、言葉を使う仕事を沢山させていただいておりまして誤字脱字は日常茶飯事ですが、言葉の温度感や行間には丁寧に仕事をしている気でいます。

が、日常会話になるとこれがなんとも不自由なもので、仲間内でしか通用しないワードに捕らわれがちになる。

気がつくと結構汚い言葉を使っていたり、よく知った第三者への愛情表現を込めた悪口(変な表現だね)をガンガン使っていたりする。

例えるならば「コッスィーいつもお辞儀ばっかりしやがって!」と発言しても、FoZZtoneのライブを見たことがあるファンの皆様ならば「あはは」と笑えるでしょう。
しかしFoZZtoneのライブでのコッスィーのお辞儀や私とのMCの絡みなどを知らない方は「あれ?仲悪いのかしら?」と思うこともあるでしょう。

そしてそれがコッスィーでなく第三者だったらと考えると、その誤解から生まれる負の連鎖に...ゾっとする。



 かと言って椎名林檎嬢の用な徹底した雅なお言葉を使い続けるのは私には向いていない...というか、俺がやると気持ち悪いだろう。あぁ、久々に「俺」と書いたな。

ネットなどでもコミュニティー毎に専門用語や独自のワードが存在し、それらが頻繁に飛び交っている。
一見さんには少々ハードなヤリトリをする方々もいらっしゃるが、彼等は彼等のルールを守って語り合っていて、内情が知れると微笑ましかったりもする。

 しかし私は“言葉で飯を食っている”と言えなくもない立場だし、人から賛辞や批評を頂く立場なので、気を引き締めなければ...と、なんか最近思わされた。



 私28の大人だし、言葉で無駄に人を傷つけるのは子供のする事だろう。
可愛げのない皮肉も存分に言える知識も身についた今日この頃、何かのルールを守って戦うのはしんどいモノだと改めて実感。

そう言えばウルトラマンやゴジラの人気が10年以上前から下火になっている気がする...
そりゃあ街を守りながら戦うのはしんどかっただろう...いや、....ゴジラは違うか。
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by fozztone | 2009-04-08 04:29 | カチカチ